向き合う日々

動いて考えて捨てて減らして、感じて変わっていくかもしれないブログ

娘の1/2成人式

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最近では、10歳のお祝いを「1/2成人式」と言うらしい。

1月生まれの娘は、ちょうど誕生日を迎え、

4年生の1月の授業参観は、ちょっとしたイベントだ。

子供達で企画し、子供達主導で会を進める。

それは、2ヶ月前から着々と準備し、親達にはそれぞれ秘密裏に行われていた。

 

10年前の正月、娘は産まれた。

 

近年にない大雪の年。

初産ということもあり、自宅から電車で6時間かかる里帰り出産を選ぶ。

クリスマス前には産まれ、

正月休みには東京にいる夫も抱っこはできるだろうと予定していた。

けれど、予定は未定だった。

 

予定日を10日過ぎた時点で、早めの入院になった。

妊娠中毒症の症状もあったし、雪の心配もあったし。

雪道を1時間かけていく病院だから。

 

待望の第一子を抱っこ出来るはずだと、休みをとっていた夫は、

新幹線と第三セクターの汽車を乗り継いで、東京から遥々やってきたものの、

まだピクリともしないお腹を揺らす妊婦の私を見舞った。

「残念だったね、会えなくて。」

次の日の朝には帰京しなければならない夫は、宿泊する私の実家に帰る。

 

数ヶ月振りに会う夫を見送り、なんとも言えない気持ちのまま病室に戻った私は、

不意にお腹に痛みを感じ、便意を催す。

「お腹の調子でも悪いのかな…」

シクシクと痛む感じは、20分後にも再び。

トイレと病室を3往復した時点で、やっと「もしかして?」と気づいた。

ナースセンターに立寄り、ノンストレステストをつけて確認。

やっぱり周期的に痛みがくる。

 

実家に到着していた夫に連絡。

「陣痛始まっちゃった。あと6時間くらいはかかるって。」

 

結局、陣痛が始まってから10時間後の午前3時半、

4000g弱の大きな女の子が、夫の滞在時間内に産まれた。

まるで、夫が来るのを待っていたかのように産まれてきた娘。

陣痛室で待っていた夫と実母に、しっかり抱っこされた。

 

七転八倒した人生初めての陣痛から逃れ、

分娩台で呆然とする私の横に連れてこられた娘の顔を見て、

「この子は何もかもわかってるんだな。」

となんとなく思い、

 

大丈夫だ…

 

となんだかわからない確信をした。

スピリチュアルっていう言葉は好まない。

だけど、人の手には及ばない何かがあることだけはわかった。

 

あれから10年。

あっと言う間だった…なんて簡単な言葉は使いたくない。

ただがむしゃらに、ただ必死に毎日を彼女と過ごしてきた。

 

だけど、やっぱりあっという間だ。

 

彼女の中には何が残っているんだろう。

パパは遊ぶ人、ママはお世話する人っていう使い分け。

夫に似た忘れやすい性質は、

苦しみの中で生きてきた私を、時に救ってくれる。

 

名前に込めた意味と願いは、10年経った今現実のものとなり、

沢山の人に名を呼ばれ愛されていることが嬉しい。

 

彼女の魂は輝いている。

 

何の根拠も何の信心もない私の感覚に、確固として宿る。

私はその輝きを保ち続けられるように、守りたい。

何があっても、側にいたい。

 

図らずも、私の携帯電話のキャリア変更に伴い、娘は携帯デビューした。

ぼちぼち「プレ反抗期」が見え隠れ。

これからの10年は、今までの10年と全く違う月日になっていく。


当たり前ではあるが時にビビリ時に寄り添い、

母親の私にしかできないことを、飽きる程やってみたいと思うのである。