読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

向き合う日々

動いて考えて捨てて減らして、感じて変わっていくかもしれないブログ

続ける事に意義が有る…かどうかは続けた人にしかわからないけど、休んでも大丈夫だよ。

 

f:id:noribealive:20160406192414j:plain 娘(10歳)が半年お休みしていた習い事を、再開すると言った。

 

 

 

2年生の4月から始めたエレクトーン。毎朝6時半に起き、15分程度の練習を続けてきた。「上手くなりたい」とは口で言いつつ、練習が嫌。そんな矛盾と葛藤しながら、昨年の10月個人発表会に参加し、始めて一人での演奏を披露した。

 

演奏は完璧。本人も「楽しかった」という感想と笑顔が出る程で、私は演奏する我が子と音色に感動して涙を流した。

 

講師の先生は、伸びしろが見える娘に期待してくださり、次はコンクールに出したいと意気込む。娘もその気持ちが嬉しかったようで、「コンクールに出てみたい」と言っていた。

 

けれど…、

 

発表会が終わってから一週間。私が声をかけないと椅子にも座らなくなった。座ってエレクトーンに向かっても演奏に入らない。疲れているのか眠いのか…と様子を見ていたが、それから2週間経っても変わらなかった。どうにも煮え切らない姿を目の前に、何度か声を荒げた。だけど、やらせている自分に気づき嫌気がさして、聞いてみた。

 

私 「どうしたの?」

娘 「・・・・・。」

私 「疲れたの?」

娘 「う…ん。」

 

もしかして、燃え尽きたのかな…。そんな風に思った。

 

20人前後の発表会。会場は天井が低い広めの研修室規模。観客もそれほど多くなく、アットホームな感じではあったけど、やはり発表会だったので、1ヶ月くらいはある程度の追い込みをかけた。かなり集中力を求めたので、疲れるのもわかる。

 

それに、それ以前から「毎日触らなきゃ上手くはならない」とハッパをかけてきたし、「やりたい」と娘は言っていきたが、私が誘導して言わせつつやらせてきた部分は大きいはず。やりたい気持ちだけならば、こんな変化にはならないだろう。

 

燃え尽きる感覚は、私が経験している。その私が、娘の気持ちに寄り添わないで誰が寄り添えるんだろ…。だけど、続ける事が大事だって経験もさせたい。続けなきゃ意味が無いって思ってきたじゃん。いや、嫌々続けることはむしろ毒でしょ…。続けるor辞める、どっちがいいんだろ。 

 

続けるか辞めるかでは、白黒思考。グレーはないのか?辞めずに続ける、続けずに辞めずに。私が燃え尽きた後の事を思い出してみる。今まで何をやってどう過ごしてきたんだっけ…。休んだらどうなる?私は、「続ける」と「辞める」に「休む」を追加して提案し、娘の気持ちを聞いてみた。

 

私 「どうしたい?」

 

娘 「先生の気持ちに答えたい。上手にもなりたい。辞めたくない。だけどお休みしたい。」

 

娘の気持ちはシンプルだけど複雑だった。単純に辞めたいんだろうな…と思い込んでいたのだが、色んな気持ちが入り交じっていて、勝手に決めつけていた自分が恥ずかしくなった。やはり聞いてみなければわからない。子供だと思って甘く見ちゃならん。ひとしきり反省である。

 

教室に確認してみると半年のお休みは可能とのこと。とても有り難いことだった。

 

「気が向いたら弾いてみたら…」と私は伝え、放っておいた。そしたら…、昨日まで見事に一度も触らなかった。それだけ離れたかったんだろうな。好きだけど離れたい…持て余す感覚だったのだろう。

 

実は、「休んでも時々弾きなよ」という言葉が口から出そうで仕方なかった。毎日コツコツと積み重ねた努力が、半年後には全く無くなってしまう気がして不安になって…。だけど、我慢した。もの凄く我慢した。だってこの不安は私の不安であって、娘の不安ではないんだから。

 

 

私は、娘の演奏が好きだ。楽しそうに身体を揺らしながら奏でる音は、耳に入ってくると顔がニマニマしてくる。半年間のお休みもそろそろ終わり。先週から進退をどうするか口にしてはきたが、一先ずこう言ってみた。

 

「ママはね、◯◯(娘)が弾くエレクトーンが聞きたい。」

 

娘はちょっと照れたように「しょうがないなぁ、一回だけだよ。」と言いながら演奏してくれた。ブランクが娘を苦しめる。「もうヤダ!」と襖をバタンと閉め、すすり泣く声がした。しばらく待っていたら、不安そうな表情を隙間から見せたので

 

「骨折ってギブスしてたら、腕が曲がらなくなったでしょ?でもリハビリしたら曲がるようになったじゃん。鍵盤に触ってれば大丈夫じゃないかな…。」

 

この例え話でわかるだろうか…、触ってれば弾けるようになる確信なんて無い。でも、ちょっとやる気になった小さな気持ちを大事にしたくて、とにかく言ってみた。娘は「わかってるけど…そうなの?」と項垂れる。

 

しばらくしたら椅子に座り自ら弾き始めた。あらま、弾けてるじゃないの。思わず「じゃぁ、再開する感じ?」と問うてみる。

 

「いいよー!」

 

いつものように明るく張りのある声に、驚きつつも安心した。半年前の「積み重ねた努力が無くなる」という私の不安は的中しなかった。ブランクに苦しむ姿はあったけれど、反復することで取り返せる現実を見せてもらったのだ。発表会を思い出すリズミカルな演奏が続く。

 

「続ける大事さを教えたい」なんて、おこがましい。私自身が今「続ける途中」にいるのに、人生のロングバケーションを過ごしてきた張本人なのに。偉そうに言い聞かせようとした自分が恥ずかしい。

 

続ける事に意義が有るかどうか、その答えを知るのは子供自身だった。私が先回りして、答えらしき何かを口にする必要はない。

 

大丈夫。

 

正直に言うとちょっと「しめしめ…」な気持ちもあった。けれどそれよりも、またあの生き生きと演奏する姿が見れるのかと思うと、顔がやっぱりニマニマしてくるのである。