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向き合う日々

動いて考えて捨てて減らして、感じて変わっていくかもしれないブログ

娘を通して自分に言ってた言葉

 

f:id:noribealive:20160731170106j:plainやりたくないならやめればいいのに…。

 

エレクトーンの練習を自発的にしない娘(10歳)に対し、連日投げつけた言葉。練習したくないのに弾きたくないのに、なぜレッスンをやめないのか不思議で不思議でたまらない。「続けなさい」なんて言ってないんだから、やりたくないならやめればいいのに。

 

弾きたくないけど続けたいって…。どういうこと?なんで?

 

私にはさっぱり理解出来なかった。理解出来ないと言うか、理解したくないっていうか。嫌ならやめていいって言ってんのに、そんな自由があるのに、なんでなの?なんで嫌な練習が付いてくることを続けたいって思うの?発表会に出るって自分で決めたんだよね?難しい曲は自分で選んだんでしょ?発表会に出ることだけが目的なら、弾けなくても舞台に出て座ってればいいんだろうけど、その為にお金出さなきゃならないの?お洋服準備しなきゃならないの?上手になりたいとか、弾けるようになりたいって思ってないなら練習しない理由もわかる。レッスンだけ通いたいとか、そんな理由なら仕方ないけど、そうでもないって…、一体何なんだ?

 

 

 

…って自由じゃないね、これ。「自由がある」って言いながら、「やめる」選択を遠回しにさせようと誘導してる。自由っていうならば、今の娘の状態で何ら問題ないってことなのに。上手になりたいと思う自由。練習しない自由。続ける自由…。「やりたくないけどやる」だってありなはずなんだ…。「やめていい」なんて許可は、私がすることではない。

 

カウンセリングが嫌で嫌でたまらない。行きたくない、やめたい。だけど続けたい。私も同じことをしてた。

 

ある日「行きたくないならやめればいいのに…。」って夫が言った。私は「はぁ〜?」って思った。そして怒りが込み上げてきた。一体何の為に頑張って行ってると思ってんだよ、歯食いしばって行きたくもないカウンセリングに、なんで何年も通ってると思ってんだよ!と言いつつ…はて、何でだろ?と疑問に思った。

 

「ママがカウンセリングに行ってなかったら、◯◯(娘)と◯◯(息子)、大変なコトになってたよ。パパ何言ってんの!」

 

と娘が言った。

 

そうだな…と思った。娘が言う「大変なコト」は具体的に何を指すかはわからない。だけど、私もその漠然とした「大変なコト」を避けたくて続けてきたのは間違いない。やっぱり、こういう言葉を子供に言われると救われる。救われてしまう。そして、こういう言葉を聞きたいが為に自分は続けてきたんだ…と思ってしまう。他人の反応が全てで生きてくると、こういう反応が一番栄養になるのがわかる。本当は、こんなんじゃダメなんだけど。

 

自分でもわからなくなる。なぜカウンセリングに行き、自分と向き合うのか。絶対やめねぇー!絶対続けてやる!と思いながら、絶対やめてやる!もう行くもんか!とも思っている。カウンセリングも自分と向き合うのもぜ〜んぶ投げて放り出して、どうでもいい、どうにでもなればいい、知るもんか、知らねーよ、と思う。

 

私はまだまだ親のせいにしていたいし、子供の為だと言いたい。どうしたって今の自分には、「自分の為」だとか「自分がやりたいから」だと言いたくない違和感があるからだ。続ける事でその違和感から解放されたかったけれど、未だ解放された感は無いから続ける事が嫌になる。自分では必死こいてやってるつもりでも、「やってない」ってことがわかったりすると、ホントに嫌になる。

 

自分の意志で自分の為にやることは、誰のせいにもしなくて済むのだろう。誰のせいにもしなければ、自分の為に自分の意志でやれるのだろう。だけど、今の私はそれを全力で跳ね返したい。誰かのせいに出来る自由と喜びに浸りたいからだ。それくらいいいじゃないか、今までずっと我慢してきたんだからと。

 

「やりたくなければやめればいいのに」

 

は、娘を通して自分に言ってただけだった。「投影だね…。」カウンセラーの言葉を思い出してイラつく…。

 

続ける自由も辞める自由も私にはある。そして娘にも。だけど娘の「続ける」に対しては「やるならキッチリやれ」っていう間違った常識と思い込みが入ってた。ダラダラやろうがズルズルやろうが、「続ける」に対する支障はないのに。

 

娘がなぜ「続けたい」と思うのか、どんなに考えてもわからない。私もそんな気持ちになってみたくて、どうしてそう思うか聞いてみたけど、娘は「だってそう思うんだもん。」と言う。どうしてそう思うんだろう…。

 

「続けたい」

 

娘と同じ年の頃、私はそんなことを思った事があっただろうか。その言葉を言った事があっただろうか。多分ないのだ。ないからわからないんだ。わからないから今続けている。続ける理由が知りたくて、続けたいと思いたいからやめないのかもしれない。

 

だけど…、あなたには「発表会」っていう明確な目標があるんだから進み易いじゃん。いいじゃない、あなたには終わりが来るんだから。そこを目指せばいいだけでしょうよ…。毎日30分の練習を積み重ねるっていうわかりやすいハードルを越えるだけで、10月の発表会はあっという間に来るじゃない…って思う。

 

「毎日30分」がどれだけ面倒で大変で嫌なことか、私も同じ練習をしてみればわかること。だけど「終わりが来ることは私よりラクなこと」だと嫉妬するから、簡単に強要出来てしまう。「これしかないじゃないか、考えるっていう面倒なことがないんだから、私よりマシじゃないか」って思ってる。

 

いつも誰かや何かと比べるから。

 

毎日誰かに嫉妬して、卑屈になって投げやりになって、それでも私は続けるだろう。やりたくなくてやめたくて仕方ないけれど、休んでも腐っても続けることを選ぶだろう。いや、そういう願望だけが支えなんだけど。

 

 

 

 

 

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