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向き合う日々

動いて考えて捨てて減らして、感じて変わっていくかもしれないブログ

何を話してこようか…

 

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今日は何を話そう…。先々週カウンセリングルームを出た後、嫌で嫌でたまらなくなって、悔しいやら腹が立つやら泣きたいやら、もうどうでもいいと不貞腐れて

 

「もうやめよう、今度こそはやめてしまおう。」

 

とあんなに頑だったのに、今の私の中はそんな気持ちが薄らいで、いつものように空気を吸うくらい普通に行く気になっている。だけど、何もしなかったこの2週間の何を話せばいいのだろうと悩む。

 

「何もしなかったこの2週間」

 

っていうくだりはおかしい。何も無い2週間なんてないんだから。何かはあって、何かはやって、何かを思ったり、何かを感じたりして生きた14日間だ。

 

先週のカウンセリングは夏休みで、前回から2週間あいた。しんどい気持ちを持ったまま2週間かよ…、とうんざりしたけれど、「あぁ、どうせ夏休みだ…、知らねー知らねー、もう何もしねぇよ、考えねぇし向き合わねぇ…私も夏休みだー!」とそれらのモヤモヤを放り投げた。不貞腐れの極みで、私はどこまで卑屈なんだ?と自分でも持て余すくらいヤサグレましてね…。

 

自分の中から沸き出る毒々しさが苦しい。吐き出そうにも言葉にならず、ただ感情だけが形になり、機嫌の悪さと態度の悪さに現れた。それがわかっているからこそ殻に閉じこもり、見ざる言わざる聞かざるを決め込んだけれど、強い感情は、漏れて垂れ流がしてしまった。あちらこちらに、戸惑う態度をとったと思われ、申し訳ない気持ちだけが残る。

 

何の面下げてあの部屋に入ろう…。そんな言葉がぐるぐるする。

 

なんであんなに腹が立ったんだろう。なんであんなに反発したんだろう。なんで「何言ってんだかさっぱりわかんない」って思ったんだろう。今までは「はぁ?」とか思いつつも、少しは切り口を探そうとしてきた。でもこの前は、「こいつ何言ってんの?」くらい思ってしまった。多分何か、刺さる言葉があったんだ。何か、言われたくない図星を突かれたところがあったんだ。

 

そのことを話そう。この2週間の間に、自分が引っかかって仕方なかった点を、具体的に搾って、何を思ったか話してみることにする。そこから何を考え、何を感じたのか、それを話してこようと思う。

 

 「わかんない」っていうのは、本当にわからないんじゃなくて「わかりたくない」だ。たまに「?????」っていう、ホントにわからないこともあるけれど、今回なんかは特にそう。わかりたくないんだ。受け入れたくないから受付終了ー!ガラガラガラ〜ってシャッター閉めたくなる。

 

しょうがないよ、しょうがない。理不尽な中で生きてきたら、理不尽なことをするようになってしまったんだし、何が当たり前で何がおかしいのか、学び直さなきゃ…。理不尽な親を批判しても、私も理不尽なことしてるんだもの。それをわかんなきゃ、自分が本当にやりたいことに届かない。

 

わかりたくないっつって、シャッター閉めたまんまだと「発表会には出たいけど、練習はしない」っていう娘(10歳)と同じ。同じ事してるくせに、練習しないのに続けるって何なんだよ…って怒ってる。あ…嫌だ、自分が嫌だ…。


結局彼女は今、自分の意思で自分のペースで、黙々と難しい曲に取り組んでいる。私がギャーギャーいう必要などなかったかのように、私が悶々とヤサグレてた間、彼女は彼女の道を進んでいた。

 

でも、この2週間で気持ちを収めることができた。というより、自然と落ち着くまで待てた。どうでもいいやと投げやりになると、色んな事をすっぱり切り捨てやすい。感情に任せて誤った決断を行動に移す。ブログをスッパリ消してしまうとか、カウンセリングをやめるとか。息子(5歳)が苛立って、積み重ねたブロックを撒き散らすようなことを、やってしまう。嵐が去るのを待ってからでも大丈夫…だと自分に言うことができたから、行動に移さずに済んだ。

 

そのまま、ここに書いたことを話してみることにする。話したいことが見えてきて、言葉を口から出せれば、あとは共同作業だからなんとかなる。