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向き合う日々

動いて考えて捨てて減らして、感じて変わっていくかもしれないブログ

なんでオレじゃダメなのぉ〜!

 

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誕生日だった。44歳になりまして…。

 

夜、家族皆で誕生日ケーキを買いに行った。「ケーキ屋さんで買うケーキはショートケーキ」と決まっている。あ、いや、決めたわけじゃないけど、気づいたらいつもそうで…。だいたいは、娘(10歳)が選ぶ。「これはパパのでぇ、これはママ…」と。でも今回は、お店に出向いた時間が遅過ぎて品薄だった。だから、私が好きなチョコレートケーキに皆同じで決めた。

 

ケーキは夫が買ってくれた(ラッキー!)ケーキを決めて会計を済ませている間、娘と息子(5歳)は「アイスも買ってぇ〜」と色んなアイスをカゴに入れる。「じゃぁ、これはママが買うよ。」と私がレジに並ぼうとすると、「いいよいいよ、買ってやるよ。」と夫は一緒にお金を払ってくれた。あらら、今日はどうした?誕生日マジックか…?箱に入れられたケーキを夫が持ち、皆で車に乗る。運転手は夫、助手席には息子、後ろの席に私と娘だ。夫は手に持っていたケーキを娘に渡す。

 

夫  「揺らさないように、しっかり持ってね…。」

 

わざわざ言わなくても、もう5年生だよ、この子…と思っていると、

 

娘  「わかってるぅ!」

 

キレてた…。そうだよなぁ、今まで何回ケーキ買ってきたことか…。揺らしちゃマズいことくらい、もうわかってるわな。…と思っていたら…、

 

息子 「オレがケーキもつぅ〜!」

 

だよねぇ〜、そうだよねぇ、持ちたいよねぇ〜。姉のやることはオレだってやりてぇよって、なるよね〜。

 

夫  「揺らしちゃうとケーキがぐちゃってなるから◯◯(娘)ちゃんじゃなきゃダメ」

息子 「なんでオレじゃダメなのぉ〜!」

 

あー、パパやっちゃった。その言いかた…。◯◯(息子)が持つと確実にぐちゃっとさせるだろっていう意味に聞こえたよ〜。初めからお前は信用してない…が伝わって。自分に任せてもらえないってモヤモヤは、肌で感じるものだよ。「オレはダメなのかよぉ〜」って項垂れちゃうよね…これだと。

  

って夫の姿を見て、責めてるわけじゃぁない(…あ、責めた感じのこと言ったか)我が振りを省みた。この場面でのこの対応、誰かさんもやってこなかったかい?大人の想像力を盾にして、「こーしたら、こーなる」って、結果を勝手に想像して決めつけて、必死に避けようとして。この買い物が私と子供2人の3人でだったら、私だって同じことやってたし言ってたな…。

 

せっかく自分のお小遣いで購入したケーキを、まだしっかり持てない(かもしれない)5歳の息子に委ね「あ〜ぁ」の結果になりたくないと想像した(かもしれない)夫。だから、しっかり持てる(かもしれない)10歳の娘に任せた。でも結果、息子の「なんでオレじゃだめなの?」の問いには納得出来る答えは言えず、不機嫌な態度だけを残し、「どうでもいいよ。」と投げ出していた。夫の場合、自分と向き合うとか、特にそういうことはしてないから、無意識でやった行動や言動など「どうでもいいよ」の一言で清算する。あ、責めてないよ…。

 

娘に対しても余計な言葉を投げかけた。もうわかってることを一言付け加えたことで、気持ちを逆なでた。これも私はよくやってるなぁ。最近、こういう一言多い声がけで、不機嫌な言葉のやり取りが起こる。てか私の場合、一言じゃないから問題なんだけど。

 

別に、息子にケーキ任せて、ぐちゃって結果になったって、いったい何だっていうんだろ。ケーキはぐちゃっとなっても食べれるし、食べれないほどなら買い直すこともできる。泣いて悔しがって手に負えなくなっても、ぐちゃっとなったね…って共感して待ってたら、泣き止む時は来る。…ってわかってきたじゃん。

 

言っちゃうこっち側は、「お家でおめでとうするまで、原型を止めておかなければならない」とか「もし息子に持たせて落としたら買い直しになる、二度手間だ、もったいない」とか「息子が泣きわめく」っていう色んな想像に一喜一憂する自分と向き合ったり、泣きわめくかもしれない息子をなだめるのが面倒臭いだけなんだ。だから、理由もない理不尽な言い分を、さも正しいコトだと諭すように言うんだ。

 

「ケーキはぐちゃっとしちゃいけない」

 

こういう常識らしき何かが「失敗は許されない」を植え付けて、「やってみたい気持ち」を少しずつ削いでいくんだよな…。やってみたい気持ちを削げば、達成感や出来る自分への肯定感が育たないだろうし、育てる機会を奪うだけで。失敗した時の気持ちの持ちようや、やり直そうと工夫するチャンスは減ってくよね…。親が子供に対する面倒臭さをさければ、避けた分だけ子供には残らない。何か特別なことをさせることなんてなくて、なんてこと無い日常の積み重ねが、子供の力に繋がるんだろうなぁ…って思った。

 

結局、娘が「いいよ。」と息子に譲り渡してくれて、私も「持ってみようか。」と後押しした。目に涙をためて、「もういいよぉ〜」といじけ気味だった息子は「ありがと!」と言ってにっこりとケーキを持った。

 

息子は家に着くまで、上手に持っていてくれた。そうそう、こういう「良い結果」を想像しないんだよね…。理不尽な言い分を言う時って、大概「悪い結果」だけを想像してるもんだもの。娘に任せなきゃならない、息子は絶対にぐちゃっとする…そういう「できない想像」だけは確信しちゃって即座にできるのに、「できるかもしれない想像」が抜けちゃってる。

 

これからは、自動的な「できない想像」に気づいて、意識的な「できる想像」をしてみることにしよう。

 

後からわかったんだけど、夫は私のケーキに、「おたんじょうびおめでとう◯◯◯」という名前プレートを、こっそり頼んでのっけてもらってた…。それであんなに念押しして「ぐちゃっとさせないで」とか言ってたんだ。ムキになってたな、そういえば。そうね…やり直しはきかない…とか、そういう感じにはなるかな。それは理解しよう。

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ま、名前入りのプレートとロウソクは、何歳になったって嬉しいよね。